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2011年のメンバーページ更新

2011年12月10日:12月度メンバーページ更新
12月8日に恒例の京都南座【顔見世興行】に行きました。
仁左衛門さんのいなせな【与三郎】を描きたいと思って、画像を探しましたが、いわゆる役者絵しかなくて、私には描けそうにありませんでした。
先日求めた【若手の歌舞伎スター達】の写真集の中で中村獅童を指導し、獅童の弁慶と玉三郎さんの静御前の写真がありました。
凛とした気品の玉三郎さんの【静御前】。
顔の部分が上手く出来ずに何度も書き直しをしましたが、満足では無いですが、
笑顔で描き上げて今年のしめくくりが出来たことを良しとします。
2011年11月16日:11月度メンバーページ更新
諸先輩を飛び越えての【人間国宝】の誉れ。
いぶし銀の輝きが認められたのでしょうか。
立ち役で、素晴らしい豪傑・深みのある人間像を演じられてフアン唸らせますが、
この人の、女形で先代萩の政岡も拝見したいなあ・・と思います。
吉衛門さんは江戸歌舞伎の役者さん、中々上方歌舞伎への出演は少ないですが、TVでお馴染みの【火盗改め、鬼平犯科帳】は私の好きな時代劇です。
1月に亡くなられた【人間国宝、中村富十郎さん】との親交は熱く、遺児鷹之資(たかのすけ)君の後見人として確りと見守り隊をされているそうです。
10月15日、シネマ歌舞伎で【熊谷陣屋】を見ました。幕が下りた後の【立ち三味線と吉衛門の嗚咽】今も確り心の鏡に残っています。
2011年10月12日:10月度メンバーページ更新
世界遺産の吉野山金峯山寺で芸能の世界遺産、奉納歌舞伎がありました。
空には栗名月・し〜〜んと冷え込む境内に、パイプ椅子の席。
最初はおしりの痛さにガサガサ身体を動かしていた私も、舞台に惹き込まれて、寒いのもおしりの痛いのも忘れて間近の舞台の素晴らしい祖父、仁左衛門(67歳)、孫、千之助さん(11歳)の連獅子の舞台に涙をこぼしながら魅入っていました。
劇場とは違う幽境の世界での獅子の毛振り、とっても見応えがありました。
いつまでもお元気で素晴らしい舞台を見せて頂きたいと、掌の痛くなるのも忘れて、拍手を送りました。
2011年9月8日:9月度メンバーページ更新
9月3日に敦子さんオリーブさんとご一緒しました、歌舞伎【義経千本桜】から、仁左衛門さん演じる”いがみの権太”を描いてみました。
どうしようもない、ごんたくれで、ゆすり・たかりも日常茶飯事、家からも勘当されているごんたくれですが、心根は優しいのでしょう、他所の子供にもつぶてを投げて木の実を取ってやる親切心も持ち合わせている。
母親にお金をせびっているかと思えば、自分の女房・子供を身替りに仕立てて、捕り手に差し出す忠義心も持ち合わせた憎めない男を仁左衛門さんが情緒タップリに演じておられます。最後のシーンでは二人向こうの席で、しかもイヤホーンガイドを耳にしておられるオリーブさんにも聞こえるほどの忍び泣き?をしてしまいました。
2011年8月4日:8月度メンバーページ更新
季節もの、四谷怪談のお岩さんを描こうかなあ・・・とも思いましたが、検索してもどうも、意欲が湧きません。
それならば、ヤット復帰公演が決まった勘三郎さんを・・・と明るい表情のイナセナ勘三郎さんを描きました。
今回も、画像が消えてしまったり、背景の枠取りが違ってしまって、????
由起先生にSOSを発信、助け船を出して頂いてやっとこさ、、画像を復活させていただけました。
9月の舞台は観に行けませんが、来年2月にご長男勘太郎さんの勘九郎襲名披露の舞台には足を運びたいなあ・・と思っています。
(後日、闘病中の勘三郎さんのテレビ放映がありましたが、責任の重さ・半端じゃない多忙さに耳鳴りに苦しまれ、医師には、後輩に道を譲る・・引退をも勧められたとか、苦悩を切々と話しておられました。)
2011年7月5日:7月度メンバーページ更新
シネマ歌舞伎で観た孝夫さんの【女殺油地獄】
二枚目が演じるニヒルな凄惨さ・妖艶さ。
相手は息子さんの孝太郎さん。
匕首を振り上げる孝夫さんに支えられて、イナバウアーの孝太郎さん。
歌舞伎の役者さんがまるで体操選手の様な高所からの飛び降り・でんぐり返し・・・
芸と同じに体力を鍛え・運動神経も研ぎ澄ます為にたゆまぬ努力を続けて一歩一歩大先輩へと近づいていく。
今回は孝太郎さんの息子さん千之助さんとの片岡家三代が同じ舞台で技を競い観客を楽しませてくれます。油まみれになりながらの追う者と逃げ惑う者。息をつめて魅入りました。
2011年6月8日:6月度メンバーページ
テレビでおなじみの【鬼平犯科帳】,火盗改め方の長谷川平蔵。
気さくで渋くて、私はお兄さんの幸四郎さんよりも好きな役者さんです。
1月に亡くなられた中村富十郎さんとは良く合い方を組まれたようで、追悼番組に出ておられた吉衛門さんのお話ぶりも心からの哀悼を感じられて一層好きになりました。
白波五人男の【日本駄衛門】の豪快さが表現出来ていますでしょうか?
今回は一人で出来たのですが、背景に色を入れる事が出来ませんでした。
2011年5月6日:5月度メンバーページ
4月度の名古屋山三を狂うほどに恋慕った【出雲の阿国】に登場して頂きます。
玉三郎さんの表情が描けずに、由起先生に手伝って頂きました。
一本線で描かれる先月の保名のうつむきの表情は何とか描けましたが今月の阿国の顔はどうしても目・口が決まらずに艶やかさよりも、不気味な表情になってしまいました。
由起先生のマジックハンドで直して頂きました。
目に力が入り、口に命が感じられるようになりました。
扇に“こいしやさんざ”と描いたのは私の思い入れの強さです。
2011年3月29日:4月度メンバーページ。
昨年の顔見世で感激した【孝・玉コンビ】の出雲の阿国の相手役、
名古屋山三を描きたいなあ・・と探しましたが、NETでは見つかりませんでした。
孝夫さんの写真集から【保名 やすな】を見つけました。
恋人榊の前は継母に無実の罪を着せられ,身の潔白を証明するために保名の目前で自害する。
 「恋や恋、われ中空になすな恋、恋風が来ては袂をかいもつれ、思う中をば吹き分くる、花に嵐の狂いてし・・・」と有名な置浄瑠璃が暗転した舞台で静かに始まる。花道から恋人を失って気が狂ってしまった保名が、舞台にかかるとパッと菜の花畑の遠景に櫻の舞台になる。すかさず「松嶋屋」の声がかかる。(NET検索より)
2011年2月28日:3月度メンバーページ
今月も人間国宝に登場して頂きました。
青年期、藤十郎さんが中村扇雀(なかむらせんじゃく)、そして中村富十郎さんが坂東鶴之助(ばんどうつるのすけ)と呼ばれていた時代、【武智歌舞伎】に参加、【扇鶴時代】を築き、一世を風靡しました。
【武智歌舞伎】藤十郎が扇雀を名乗っていた20代の頃に、演出家の武智鉄二の指導で関西歌舞伎を復活させる運動を興します。
この時の相手役が現中村富十郎で、250年ぶりに「曽根崎心中」を復活させるなど、このコンビにより上方歌舞伎の伝統が守られたといっていい。
私にとっては、昭和37,8年頃、今のナンバBIGカメラのある場所が歌舞伎座だった頃、母・姉と3人で観たお父さん【中村鴈治郎さん】と息子さん【中村扇雀】の競演【ボンチ】。
旦那役鴈治郎さんにおねだりしては指輪を買ってもらい手の指10本では足らずに足の指にまで指輪をキラキラ嵌めていた芸者の扇雀さんの可愛い演技を想い出します。
【紙衣 かみこ】万華鏡、今年の初春歌舞伎で紹介させて頂きましたが、エエトコのボンが、勘当されて落ちぶれ果てた事を示す衣装です。
2011年1月29日:2月度メンバーページ。
人間国宝【1月3日  中村富十郎さん逝く 享年81歳】
お目出度い三番叟が病床に届きましたか?
大向こうからの【天王寺屋!!】の呼び声が懐かしく想い出されます。
母は舞踊家の吾妻 徳穂(あずまとくほ)さんだけあって舞踊の見事さは群を抜いておられます。
口跡 こうせき がはっきりしているし、切れのある演技で【人間国宝】を授与されている。
長男、鷹之資 (たかのすけ11歳)は父の様な人間国宝になりたいと唇をキュット噛みながらも健気に挨拶をしていたそうです。
”富十郎さんを偲んで”の番組を録画して映像を頂きました。可愛い踊りに見惚れました。
2010年12月25日:1月度メンバーページ。
兎年の幕開けは、おめでたい【三番叟】でSTARTさせていただきます。

兎年に相応しく飛躍を所望される若手の役者さんを・・
どんな俳優さんに心を沸き立たせて頂けるのか・・・楽しみながら毎月更新させて頂きたいと思います。
1月9日には【寿 新春大歌舞伎】2月6日には【仁左衛門歌舞伎】を予定しています。
今年は、初めての【南座 顔見世興行】も体験しました。
初日直前に、海老蔵のお騒がせ問題で歌舞伎界にも波風が立ちましたが、これから伸びていくであろう若手の役者さんも【他岸の火事】と見過ごさずに、より一層身を謹んで奢ることなく、日本固有の歌舞伎の道を精進してほしいと、望みます。