2010年癒しの旅  もどる  2011  2012年 2013年

2013年の見知らぬ土地へ

11月10日〜11日  黒部峡谷(くろべきょうこく)バスツアー
10日(日)6:15家を出る。傘なしで歩ける程度の霧雨。今年のバスツアーは余りお天気に恵まれていないのが多少不安。
7:15ナンバ出発、梅田を廻り快適なSPEEDでバスは走りますが雨はかなり強くなっています。
滋賀県の多賀SAで先ず休憩→岐阜県の関SA→東海北陸自動車道をひたすら走り→郡上八幡を通過→福井県の御母衣湖(みほろこ)の傍のドライブインで昼食(11:30).。食後12:40発。1時間ほどで岐阜県高山市の【県立自然公園宇津江四十八滝 うつえよそはちのたき】15;00出発。→17:00今夜のお宿、富山県礪波市 となみし の【礪波ロイヤルホテル】着。まわりには何もない高台にあるホテル。
早速温泉で体を温めて夕食です。それなりのお料理で8割ほど食べました。
早朝からの長距離ドライブと滝巡りの疲れから8:30にはダ・ウ・ン。
【宇津江四十八滝】標高1519Mの猪臥山 いぶせやまの山腹付近に滝の源があり、急峻な谷あいに大小無数の滝を作りだしました。
苔むす大樹や岩をぬい、水煙を上げて落下する滝群は四季折々に装いを変え昭和11年に岐阜県天然記念物に指定されました。
孝行息子の【よそ八】の名前にちなんで付けられた。実際には13の滝が有ります。がゴロゴロ石を登る行程はきつくて、私は6番目の滝【梵音滝  きよのき滝】までしか行けませんでした。傘はささずに両手が使えるように・・と雨合羽で歩きました。
11日(月)5:00起床で朝風呂へ。6;30からの朝食はバイキング。かなり美味しい。そのまま部屋へは戻らずに7:20出発.。(エレヴェターが3機しかないので、出発が他のツアー客と重なると大混乱になるから、上下移動は考えた方が・・・とのことでした。)
北陸自動車道をひた走り宇奈月へ。9:10発のトロツコ列車で40分、【鐘釣駅 かねつり】で下車。予定では40分の散策でしたが、かなりの雨の為、駅の中からキョロキョロしただけで又トロッコ列車に40分の乗車で終点【欅平 けやきだいら】で下車。
益々雨もひどくなり、観光案内所では、近場の散策以外は通行止めにした・・・とのことで2時間の散策も往復ゆ〜〜っくり歩いて40分足らずの散策となりました。雨からみぞれになり今年最初の雪が降り出しました。
お昼は駅の売店で立ち食いでしたが、温かい山菜そばを食べました。(レストランは行列のすごさに諦めました。)
帰りは余りの寒さから皆の希望で【窓ガラス有りの車両】に乗る事に成りました。追加料金は360円。1時間20分、往きと同じ吹きっさらしのトロッコ車両ではとてもきつかったと思います。うまい具合に窓ガラス付きの車両が空いていたのがLuckyでした。
その代り、ガラスは曇っているし外側は雨の水滴がひどくて写真は撮れませんでした。(風邪をひかなくて幸いでした)
(往きに座った席は3人シートの列車の壁側だったので、帰りに期待していたのですが・・)
最初の下車は乗車40分で【鐘釣駅】。窓ガラスなしの車両。ダウンコートに雨合羽厚手のストール。完全防具でもガタガタの寒さと言うよりも冷たさです。この駅の付近にも温泉があるのですが、余りの寒さと強い雨の為に構内の待合室で次のトロッコ列車を待ちます。
上の写真の【冬期歩道】:11月30日でトロッコ列車の運行が終わった後、作業員の人が通行する為にトンネル状の歩道が造られているのです。厚手のコートの制服姿の車掌さんにお願いして1枚撮らせて頂きました。
上の画像をクリックして下さい。待合室には黒部鉄道のあゆみが大きく掲示されています。又黒部万年雪もチラッと見ていただけます。
【欅平 けやきだいら】:今日のメイン、2時間散策の予定でしたが・・雨がかなりの強い降りになりましたので、名剣温泉 (めいけん)から先への散策は案内所から中止になりました。この名剣温泉の所で雨からみぞれにそして雪に変わってきました。
上の画像をクリックして下さい。散策路の傍の木には、可愛い鳥やお猿さんの作りものを置いてあり、観光客の目を楽しませてくれます
14:40に宇奈月駅へ戻り、それからは2回のトイレ休憩をとりましたが、ひたすら走り、ナンバへは21:00着。地下鉄で無事帰宅しました。温泉では有りませんが疑似温泉の入浴剤を入れてタップリ温まりました。二日間、冷い雨にたたられましたが、大好きな裕ちゃん【石原裕次郎】の映画【黒部の太陽】の現場、一度は行ってみたかった【黒部峡谷】へ行く事が出来て満足です。
5組のシニアー夫婦を加え、6人グループの活発レディーズ、私よりも高齢の叔母様の7人グループそして仲良しお友達が3組、お一人様が私も加えて6人、総数35名のツアーでした。お一人様はすべて2人分のシートを頂けましたので車中はゆったりと出来ました。主人へのお土産は恒例の地酒、今回は【銀嶺 立山】です。
10月26日〜27日  珊瑚会一泊旅行  白浜→龍神スカイライン→高野山
26日(土)
今年になってからの珊瑚会2月も9月も私は欠席しましたのですが2月の例会で1泊旅行の話が出た時には参加者は10名位いたそうですが9月に入って少し欠席者が・・・
でも、ここまで欠席者が増えるとは・・・蓋を開ければ男女各2名の4名の参加者でした。
8時30分に何時もの、近鉄布施駅に集合。Yさんの運転で直ぐに出発。
前日までは台風の影響を心配されましたが、4人の行いの良いシニアー達には好天のプレゼント。
安全運転で先ず、【紀ノ川SA】でトイレ休憩。運転はKさんに交替。
白浜温泉には昔々来た事がありますが、今回は私にとっては初めての観光名所ばかりでした。
【円月島】島の間の丸いすきま部分に夕日が沈む光景・・白浜の観光案内ポスターに良く使われるそうです。
【白良浜】とっても美しい白い砂。きめが細かくて指の間からサラサラとこぼれて行きます。
【とれとれ市場】大きなマグロの解体ショーが有りました。先ずシッポを切ります。300円の掛け声!!
 頭も500円・・・持って帰れないのが残念と二人のオバアタリアン。
【三段壁自殺の名所と言われていますが、太平洋の大波に飛び込む??足が震えます。
【ホテル千畳】愉快リゾート、一人1泊7800円の安くて快適なホテルです。(珊瑚会の旅行は各地の此のホテルを使用します。)
フロントのマネージャさんのお勧めで【松茸の土瓶蒸しと天ぷら】を二人前追加しました。
先ず疲れをほぐす為に温泉へ。大きな湯船が4つもあるとってもしっとりしたお湯です。
帰りに露天風呂を覗きに行きます。かなり場所が離れているのが難点です。明日の朝にお楽しみを取っておきます。
カラオケ大好きな珊瑚会、チェックインした時に5時から無料カラオケ1時間半を予約。   
夕食は6時半からです。  二人の男性が色々と選んで運んで下さいます。 私は場所取り役でド〜〜ンと腰を下ろしたままです。
27日(日)
朝5時半に隣室からモーニングコール。カメラ持参で先ず露天風呂へ。
未だ他に人がおられなかったので、朝日が昇ってくる所を狙って浴場の中でパチリパチリ。海には漁船が出ていましたが写すのは無理でした。  
そのうち入浴客が来られたので、体を温める為に大浴場へ。   和食のバイキングを美味しく頂き9時にチエックアウト。
ホテルの直ぐ横にある【千畳敷き】未だ白波が少し泡立っています。そこから今日も好天のもと快適なドライブが始まります。
【奇絶峡 きぜつきょう】 春は桜秋は紅葉の名所で渓谷には巨石が連なる不動明王を祀る不動滝の上一枚岩には三尊磨崖仏(さんぞんまがいぶつ)が彫られている.。和歌山県田辺市秋津川。”滝に打たれる修業が必要なの?”
【龍神温泉】以前に珊瑚会のメンバーで日帰りで来た事があるのです。とってもしっとりした日本三大美人の湯です・・・が朝からホテルで入浴を済ませているので、入浴はパス。
旅館【上御殿】のCMを撮影している人達に逢いました。上御殿は、龍神温泉の中でも最も由緒ある宿で、江戸時代には紀州徳川家の殿様専用の湯殿であったとのこと。
下の画像をクリックして下さい、壁に書かれた文字がハッキリと見えます。
白浜では未だ紅葉には早すぎましたが、龍神スカイラインに入ってから、少しずつ紅葉が見られるようになって来ました
このスカイラインは日光のいろは坂と同じかそれ以上に急カーブの多い道路です。以前はこのスカイラインは有料でしたが、今は無料になっています。先の大雨で山崩れが方々であったらしく、片側通行で工事中の所に数か所出くあいました。スカイラインの頂上から少し登った所に【護摩壇山 ごまだんさん】があります
和歌山県と奈良県の県境にあり、高野山の奥に位置する。 山名は、平清盛の孫で流浪の武将、平維盛(たいらのこれもり)が、山頂 で護摩を焚き、平家の命運を占ったことにちなむ・(gogle
駐車場の横にスカイタワー、展望台が有りました。入城料300円をケチッテ?1372Mの護摩壇山に登りました、というより押して引っ張ってと介護されての登山?です。駐車場が海抜1100Mなので300M程しか登っていませんが、直線距離の登り坂で私にはフウフウでした。頂上へ行ったらそれはそれは見事な展望が開けるで・・・励ましの言葉がデタラメだった事、頂上には【護摩壇】と【日本の夕日百選】のモニュメントがあるだけでした。
そして足を伸ばして、【高野山】へ。紅葉はドンドン進んで美しくなってきます。
こちらには沢山の観光客がお参りでした。他人のお墓にカメラを向けるのは良くない?美しい紅葉だけを写して45分位見物しただけで橋本を廻り大阪へ。家まで送っていただき17:30には着きました。
Yさん、Kさん長距離の運転と二人のオバアタリアンのお世話と介護、本当に御苦労さまでした、有難うございました。 感謝!!    玉枝ちゃん、有難かったねえ、最高に楽しかったねえ。(*^_^*)
自分一人だけ楽しんだ訳では有りませんよ。主人には和歌山県の地酒【三段壁】を買ってきました。(決してのんべえだったのではなく嗜好品でした
9月7日  出雲大社 昇殿参拝
出雲地区の天気予報は雨。いつもせっかちで笑われる私、集合時間の20分前には、ナンバパークス1Fに到着。今日のツアーには2台のバスが出ていて、私の1号車は43名満席で新大阪へは廻らずに目的地へ向かって直行です。すぐにクロアッサンとオレンジジュースの軽食が配られました。
大体1時間から1時間半で、赤松SAで次いで、勝央(しょうおう)SAでトイレ休憩。勝央SAでは素敵な絵手紙の展示が行われていました。
11時前には蒜山高原(ひるぜんこうげん=ジャージー牛乳が有名)に到着。小雨です。
早い目の昼食です。有名な出雲そば、宍道湖のしじみ汁も付いています。五穀米のしじみご飯です。甘エビのお刺身、カボチャ・インゲン豆、イワシの天ぷら。なめこ入りの大根おろしもあります。えびと椎茸の煮もの、あごちくわ・・・種類も量もたっぷりな昼食です。
そこから更にバスで1時間弱でやっと、目的地【出雲大社】です。バスを降りる時にはかなりの雨です。
 縁結びの神様として知られる大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)をまつる出雲大社。
 国宝である現在の御本殿は1744年に造営され、これまで3度の遷宮が行われてきましたが、現在、60年ぶりとなる「平成の大遷宮」が行われ、本年25年5月10日には、大国主大神が修造の終わった御本殿にお還りになる「本殿遷座祭」も無事終了し、その後様々な奉祝行事・記念行事が執り行われています。
 摂社・末社の改修は平成28年まで続けられます。 そもそも遷宮とは、御神体や御神座を本来あったところから移し、社殿を修造し、再び御神体にお還りいただくことですが
平成20年4月に、御祭神である大国主大神が御本殿から御仮殿に御遷座される「仮殿遷座祭」が執り行われました。そして翌21年から、御本殿のみならず摂社・末社も、修造工事が進められてきました。
 御本殿の修造は、大屋根檜皮(ひわだ)の撤去、野地板の修理などを経て、新しい檜皮による葺き作業も平成24年3月に完了し、同年夏には、修造期間中御本殿を覆っていた大きな素屋根が取り除かれ、新しく生まれ変わった御本殿がその姿を現わしました。(google)
 傘の波の神門通り、生憎の天気のせいか露店は出ていませんので静かです。隣の席のM子ちゃんが【POWERーSTONE】を買うのを目的としておられたので、一緒に専門店へ行き、私も4つ求めました。
14:一の鳥居 8:二の鳥居この鳥居の真下、真ん中は神の通る参道(松の参道)で人間は鳥居の両側の参道 を歩きます
              この鳥居から本殿迄の参道は、珍しい下り参道です。
2:
神楽殿にのぼって 団体ご祈祷を受けます。(御祈祷後、お札と御守りお頂きました。↓) 
ここでの参拝は普通(二礼二拍手一礼)のお参りと違って
二礼四拍手一礼でお参りします
クリックして下さい、大きなしめ縄をご覧頂けます。日本一のしめ縄 長さ=13M 重さ=5トンあります。
3:御本殿の屋根:この領域は撮影禁止ですので、重なるお屋根だけしか写せませんでした。
5.6:寝牛と神馬:
お参りの人がなでた所が光っています
7:電話box:
神門通りにあります。大社さんらしいです。
:9:神門通り:雨ですので露店は出ていません。    10::拝殿
16:30  出発です。そこから10分弱で島根ワイナリー見学。アルコールには興味のない私とM子ちゃんはブドウジュースの試飲をしただけですぐにバスに戻りました。沢山試飲された方が多かったらしく、バスの中にはワインの香りも漂ってきて、すぐにグウーグウーがあちこちから聞こえて来ました。
19:30  勝央SAでお弁当が積み込まれて、美味しいお寿司の夕食を頂きました。帰りも2度のトイレ休憩があり、ナンバへ21:30到着。
今回のバスツアーは長距離なので、運転手さんは2名。添乗員さんは未だ経験は浅いでしょうが、口調の優しい、とっても感じの良い人で素敵な出雲大社の日帰りバスツアーを楽しむ事が出来ました。
一人参加の為横の席にはどなたが来られるか?少し気になりました。   若いお嬢さんでした。
”ずっと一緒に居てよろしいですか?”とても感じのよい物言いのお譲さんです。
出雲大社は3回目だそうですが、一人で参加するのは初めてだとか・・・
”物すごく気にいったのね”と私。
”人の和が一番大切と思いますので、出雲大社で、天然石のPOWER−STONEを買いたいのです。
”POWER-STONEを、集めるのが趣味です”と丁寧な言葉でお話してくれます。若いお嬢さんが横に来られるのは初めての事、出来るだけ、こちらからしゃべり掛けるのは控えよう・・と思ったのですが、御自分の御両親様と同じような年代(私よりは少しお若いらしいです)に安心されたのか次々とおしゃべりをして来られます。”自分は少し障害が有りますので・・”と言はれましたが、とってもお話上手で、話題も豊富、心が洗われるような綺麗な心の持ち主、一度も変わった所がある・・なんて感じはしませんでした。神様の事を身近に感じ、親しみを持っておられる・・・今時珍しいお譲様と感じました。
帰りのナンバで別れるまで本当の母娘のように過ごさせて貰いました。M子ちゃん、今日一日楽しい道連れになってくれて有難うございました。クリックして下さい、御守り札に書かれている皇后陛下の御歌です。
6月7日〜14日  【麗 うるわしきロシア紀行】
7日:
朝6時 =お願いして置いた送迎TAXIで上六のリムジンバス乗り場へ。6:30発関空行きに乗車。
7:30=関空第1ターミナル4階出発ロビー団体受付で娘と落ち合う。
説明を聞き、手続きを済ませて、娘に外貨交換をしてもらって・・持ち物検査・出国審査も通過。(1USドル=約100円、1ロシアルーブル=3・5円 ルーブルの交換はロシア現地の方がレートが良い.。 3円未満だったそうです)
9:30 離陸 大韓航空 KE722便(seat30窓側)→11:15インチョン空港着(ソウル)空港サービス評価で世界一、ブランド店のオンパレードで沢山の女性の眼が品定めをしています。(帰りにはブランドの袋を持った女性のオンパレードでした。)
13:30離陸 大韓航空 KE923便(seat49窓側)で約9時間の飛行でモスクワ【シェレメチェヴォ空港】現地時間17:20着
(日本とは5時間の時差ですので 日本時間では22:20着)
そこから迎えの専用バスで約2時間ホテル到着。 コーストンホテル820号で旅装を解きました。
立派なホテル、今は営業していませんがカジノもあります。  早速バスタブにたっぷりのお湯を入れて、娘が準備してくれた入浴剤を入れてゆ〜〜ったり体を伸ばして疲れを取りました。水圧も強くバスタブでの入浴も出来ましたし普通に水洗トイレが使えました。
(水圧の弱さ、紙質の悪さも有るのでしょうが、ロシアのトイレでは使用後の紙は流さないで準備されたBOXに入れる事になっている所が多いです。)
こちらは白夜に近く12時頃迄は明るい。

これを見せて下さい=パカーチェエータ
さよなら=ダスヴィーニャ  ごめんなさい=イズニヴィーチェ
【旅行日程】
6月7日〜8日モスクワ

9日モスクワを出発 ウラジミールからスーズタリへ。
10日:スーズタリ→モスクワ、ドモジェドヴオ国内空港→

1時間30分の飛行でサンクトペテルブルグ プールコヴオ国内空港着  (10〜12日サンクトペテルブルグ泊まり)
【簡単ロシア挨拶語】赤文字アクセントを強く言う
おはよう= ーヴラエウートラ  有難う= スパスィ
こんにちわ= ーヴルイヂェニー  はい= ダー
こんばんわ= ーヴルイヴェーチル  OK=ハラショ
どういたしまして =パジャールスタ  NO= ェート
はじめまして= オーチンプリートナ
ごきげんいかがですか? =カークパジヴァーイチェ
8日ドーヴラエ・ウートラ  おはよう    枕銭=二人で50ルーブル(1ルーブル=約3・3円)
8:30専用バスで世界遺産のモスクワ市内観光に出発。
今日から【タジャ−ナさんと言う20代の若いガイドさん】が付いて下さいます。日本語を学ぶ為に2年間日本へ留学された、とってもチャーミングな女性。ことわざ等も取り入れたじょうぜつなガイドに感心しました。遺体の事を御遺体と言われる丁寧語が嬉しかったです。
2:30クレムリン宮殿見学。(A4サイズ以上の大きなカバン、リュックは持ち込み厳禁の為普段はリユックで動いていても此の時はショルダ-bagに替える)撮影禁止。
【武器庫】ロシア帝国が得た戦利品、金・銀・武器・武具・のコレクションの陳列。ピョートル大帝、エカテリーナ2世のきらびやかな衣装等貴重な宝物が陳列されていて、かつての王朝の偉大な力を見せつけられます。
夜にオプショナルツアーで【サーカス=12000円】が在りましたが母娘はNOサンキュウ。
ノヴォテヴィチ修道院女子修道院。前の池はチャイコフスキーが【白鳥の湖】の構想を練った散策地と言われている。クレムリンの出城としての役割も担っているので城壁に囲まれている。城内にはスモレンスキー聖堂や沢山の塔がそびえる。 雀が丘モスクワ川南岸に広がる丘陵地帯
ナポレオンがモスクワ侵攻の時にこの丘の上からモスクワを眺めて感慨にふけったと【戦争と平和】にも描かれている。昔はレーニン丘と呼ばれていた。
役所に婚姻届を出した新婚さんがやってきて記念撮影をする名場所になっています。
聖ワシリー寺院ポクロフスキー聖堂:ロシアで最も有名な聖堂。イワン雷帝に大きな影響を与えたワシリー修道士にちなみ【ワシリー寺院】とよばれています。9つのたまねぎのようなドームが取り付けられています。
ネギ坊主:燈明を意味します。
赤の広場 ・クレムリンクレムリン=囲い、城壁 の事。
かつては、5月11日のメーデー、11月7日の革命記念日のパレードが行われたり、共産党大会や最高幹部会議場の怖いイメージを持っていたが、この日は人気歌手のコンサート会場の準備がされていました。
グム百貨店グム=国立百貨店。1921年レーニンの命によって開設、赤の広場にある。1953年に大改造された、内部は吹きぬけになっており、大きな噴水が待ち合わせの場所に成っている。昔は食料品、衣料品、日用品が売られているだけでしたが、今は有名外資系のブランドの店が多数入っています。
おばさん、おねえさんが露店のチッチャイ場所に一杯土産物を並べて売っています。
マトrリョ−シカ人形、ロシア風帽子、スカーフ・・添乗員のタージャーナさんが首を振ります。
品質的に良くない物が多いそうです。
トロイツキー聖堂1423年に完成した聖堂。
聖セルギゥスの棺が安置されている。
モスクワ宗教大学と神学校も置かれています。
鐘の皇帝世界最大の巨大な鐘。
鋳造中に火災が発生、消火のために水を掛けた為に一部分が欠け落ちてしまい、一度もつかれていない。カケラだけでも11トンもある。
元老院かってレーニンの居所でもあった。
クレムリンに大統領在籍の時には大統領旗が掲げられている。
左横=大砲の皇帝一度も使われていない
国立歴史博物館1872年、アレクサンドル2世の命によって設立され、1883年アレクサンドル3世の戴冠式に合わせて開館。
収蔵品は450万点にも及び、ロシアの歴史の展示を通覧出来る大博物館。解説はロシア語、英語に限られ、残念ながら現況では日本語の解説、ガイドbookが有りません
モスクワ大学ロシアの最高学府。
創設者は科学者ミハイル・ロモノーソフ。1953年スターリン・クラシック様式の学舎が完成。高さ236M正面の幅450Mで中央の32階建ての部分には大学の管理棟で両サイドのウイングは学生寮になっている。各所に学部毎の建物が建っている。コネでは入れない。
コーストンホテル正面
今は営業していないがかってはカジノが開かれていたそうです。
11階建ての大きなホテルの820号。
毎朝起きがけには娘持参のポットで熱い緑茶・玄米茶を淹れて貰い素敵な目覚めを味わわせて貰いました。
9日:ドーヴラエ・ウートラ  このホテルから次のホテルへ移動のため、朝7:00にトランクをドアの外に出しておく。
8:00専用バスで約218K離れたウラジミール観光【黄金の環巡り】へ出発。モスクワから北東約210K。3時間近く掛ります。   途中トイレ休憩=10ルーブル。(母娘は使用しなかった)
モスクワを離れるに従って道の悪さはすごい・・・が此の振動がかえって眠りの世界へ誘ってくれますが時々余りの凹凸に眼が覚めてしまいます。
街路樹のポプラの胞子がうんざりするほど、飛び散って、道の両側の溝にも、停まっている車にも沢山積もっています。
真っ白のレース草、紫のルピナスが車窓の両側に延々と続きます。

(ルピナスは痩せた土地を肥やす働きがあるそうです)
      ウスペンスキー寺院  
14世紀初めまで大聖堂の最高位にあった
教会。
石灰岩の美しい白壁が目を誘う。
内部の壁は美しいフレスコ画で飾られ
【最後の審判】が天上のアーチに
描かれている
       黄金の門
12世紀なかばに作られた城門。
昔は沢山の門で町を取り囲んでいたが
現在では【黄金の門】だけが残っている。
門の上部には教会が造られている。
現在は戦争の歴史展示室びなっている
     ドミトロエフスキー寺院
外壁一面に聖人・歴史上の英雄、動植物等が
浮き彫りにされていて【石のカーペット】と
呼ばれている。加工しやすい石灰岩を建材に
使ったことで職人たちの技術が十分発揮された..。
一番の傑作は旧約聖書に登場する【ダビデ王】
    女の子が憧れる白馬
可愛いセードが付けられています。
観光地?乗っているお客さんはいません。
馬は飾られているのが不満?
   スパソ・エフフィミエフ修道院
毎日決まった時間に鐘楼の上でベルコンサート【カリヨンショー】が行われます。
11の鐘の紐を自在に引っ張っての演奏です。
クリックして下さい。演奏者がおられます。
      木造建築博物館
金ピカの教会が多い中でこの村の中には心安らぐ木造の教会があります。
   ボクロヴァ・ナ・ネルリ教会
人里離れた河岸の草原に優雅にたたずむ姿から【白衣の花嫁】に例えられる。
   ラジヂェエストヴェンスキー聖堂
13世紀に建てられたスーズダリで現存する
最も古い建築。上部は16世紀に建て直されている。
  超ベテラン添乗員寺田律子さん
テキパキと簡潔な言葉で、歯切れの良い耳に心地よい声で皆さんをまとめて下さいます。
スーズタリのホテルは1泊だけのこじんまりしたパラティホテル。水圧が低いそうなのでバスタブにお湯を入れる事が出来ない。皆さんシャワーでお願いしますと説明が有りました。このホテルは水洗ですが、使用後の紙は流さないで設置されたBOXに入れる。
翌朝は7:00にトランクをドアの外へ出しておく事。
10日カークパジヴァーイチェ   ごきげんいかがですか?
今日は朝7:30にホテルを出発ですが昨夜割と早くに眠りましたので二人共早く目が覚めました。娘恒例の朝シャンを済ませても朝食までには1時間ほどありましたので、初めて早朝散歩をしました。素敵な田舎風景でした。木造の教会もありました。それほど澄んだ川ではありませんが、風がないので水が動かないのでしょう、まるでミラー湖のように教会が映っていました
7:30バスで出発。今日は約205キロ走った世界遺産のセルギエフ・ポサード観光の一日です。
マトリョーシカの工房で大きな木から5個セットのマト−リョシカの形を大→小へと一つずつ削って行くのを見学した後、マトリョーシカの絵付け体験が有ります。此の人形はその昔日本のお土産にもらったはめこみ人形がヒントになったそうです。
絵が得意でない二人、娘はドラエモンの顔に逃げ私はこわ〜〜い顔になってしまいました。教室の皆様へのお土産に小さい人形のストラップを買いました。  クリックして下さい名人の削る技で大→小へピタット合います
セルギエフ・ポサード大修道院:16世紀に築かれた城壁に囲まれている。モンゴルの支配に対抗する為にロシア諸侯のまとめ役になった【聖セルギゥス】によって創建された。ロシアの守護聖人になっている。
内部の撮影には100ルーブル必要。心眼に刻んでおけば・・とパス。黒い修道服を着た男子学生に多く出逢いました。
ここからモスクワの国内線空港【ドモジェドヴオ】までバスで移動。19:35初の国内線でサンクトペテルブルグへ。
タジャーナさんとはこの空港でお別れです。3日間、丁寧な日本語で楽しくガイドをして下さいました。時々入る変な言い回しも可愛かった。日本への留学は2年間だったようですが、短い期間でここまで流暢な日本語を話されるタジャーナさんには感心しました。
1時間20分のフライトでサンクトペテルブルグのプールコヴオ1空港(国内線)に着陸。
迎えのバスで22:30頃ホテル【ウエストプーシキン】へ到着です。設備も良いし水圧も高くて今回のツアーで一番良いホテルです。
11日スパスィーバ ハラショーア ヴイ ありがとう あなたは?
今朝はゆっくり目の9:00出発です。今日からサンクトペテルベルグでの3日間はワシリーさんと言う男性のガイドさんです。
日本へも演奏旅行で何度も来られた事のあるフルート?の奏者もしておられる人で、やたら”ことわざや四文字熟語”がお得意なガイドさんです。 
                  宮殿広場
中心にそびえたつのは1834年ナポレオン戦争の勝利を記念して建てられたアレクサンドルの円柱。十字架を持つ天使の像が掲げられている。モスクワの赤の広場と並びサンクトペテルブルグの赤の広場として町の中心地として観光客を集めています。
   ペトロハヴロフスク聖堂
ネヴァ川の河口を防御する為に建設された要塞。122Mの鐘楼は町の中心部で最も高い建物。
サンクトペテルブルグ随一の宮殿でもあります。収蔵美術品の数は300万点、展示室を総て歩くと優に20キロ以上にもなります。
今回4時間の鑑賞時間でしたが、数日間掛けてゆ〜ったり見る愛好家も多いそうです。
昨年京都であった【エルミタージュ美術展】を見た娘がお気に入りの作品の数々を是非本場で見たいと強く思ってこのツアーに申し込んだそうですので、娘の気合いの入り方も相当なものです。数点は見つかったそうですが、一番のお気に入りの【ワインを飲んだ男の子が酔っぱらった仕草をしている絵】は、かなり丁寧に展示室を見て回りましたがよう見つけませんでした。(私の編集を見て娘が送ってくれたポスターです。本格的に額装したポスター→

ジョゼフ・ベイルの『少年料理人』
なにしろロシア語で掛りの人に尋ねる事はようしないので、あきらめました。
【エルミタージュ=隠れ家】を意味しエカテリーナ2世が自由に自分の時間を楽しんだそうです。
リュックサックやA4以上の大きなカバンは持ち込み禁止、撮影はOKですがフラッシュ撮影は禁止です。
お気に入りを何点か編集しました。美術館の雰囲気を味わって頂けるでしょうか?
美術館で買った【日本語版のエルミタージュ美術館】の本を参考に作品名等を記入しました。
正面の大階段 指をかむキューピッド ラファエル回廊 リッタのマドンナ(ダヴィンチ)
展示ホールのインテリア ゲオルギーの間 アンリ・マティス
ナポレオンの前で 凄いシャンデリアにパチリ イスに座らないで 女神に変装した妻(レンブラント)
アントニアサラテの肖像 うずくまる少年 青い服の貴婦人 パウリン(クジャク座)時計
ネヴァ川のパノラマ遊歩道より要塞を写す       ペテロハヴロスク要塞       ナルィシキン稜
12日:プーシキンへ  9:00にバスで出発です。約1時間で世界遺産の【エカテリーナ宮殿】へ到着です。
   街中にある偽フランスの凱旋門 陽気な音楽隊?ロシア民謡に立ち止まる     こちらは礼装姿のパフォーマー
【エカテリーナ宮殿】この宮殿の見学はツアー客が優先の為、夏場は観光客が多く、個人での見学は規制されて入れない事が多い。此処も撮影はOK。ただしフラッシュは厳禁。修復されて見学者の目玉になっている【琥珀の間 こはく】は撮影禁止。
掛りの人がイスに座って一応監視?しているが【琥珀の間】を出て次の間からカメラを突き出しての撮影は見て見ぬふり・・・をして下さる。
目覚める天使像 真ん中にあるのはペチカ
大広間 青の間 緑の食堂
エカテリーナ女王衣装の間 こはくの間
ペテルゴーフ ピョートル大帝の夏の宮殿で【ピョートル大帝の宮殿=ペトロヴァリエーツ】と呼ばれる、フィンランド湾に面した美しい噴水と庭園が見事です。海から段々とテラス状に高くなるペテルゴーフの地形に注目したピョートル大帝が水を活かした宮殿を構想、1723年に、死の2年前に完成した。【上の庭園=フランス式の庭園】と【下の庭園=噴水群でなっている。
                               20Mも水を噴き上げるサムソン像         大滝と大宮殿
夏日の様な晴天、水の芸術に見惚れました。傘の噴水・・・傘の中に入った人が濡れるイタズラ噴水も楽しめます。
公園を観光した後サンクトペテルベルグへ戻り、ニコライ宮殿での今夜の夕食とその後のお楽しみ【フォークロアディナーショー
ルシアン・ハットショー・・・・、お客様お気に召したのはどれでしょうか?   宮殿の大門                ニコライ宮殿
表階段バラードナヤ・リェースニッツア
ディナーの後、背筋を伸ばして表階段を登ってコンサート会場へと席を移します。
素敵なダンスショーの始まりです。左端の2枚の男性は可愛いダンサー、マドンナ?さんの御指名で添乗員さんにすすめられたツアーの中の御主人様が選ばれました。
最初はテレクサそうでしたがそこは”男は度胸の日本人男性”興に乗って舞台度胸満点の楽しいダンスを披露して下さいました。
あっと言う間の2時間でした。このニコライ宮殿での【フォークロアディナーショーは6〜8月限定だそうです。
ホテルでの宿泊は今夜が最後です。ゆっくりとお風呂で寛いだ後は、増えた荷物をすき間を上手に埋めるように荷造りします。
往きと同じ大韓航空なので預けるトランクの重量は23Kです。お土産用の大きなbagは空港で取り出す事にして一応トランクに詰め込みます。      明日の朝ホテル出発は10:00です。
ショーの後はフロアーでドリンクサービスがあります。綺麗な衣装の楽隊の人が接待して下さいます。
13日サンクトベルグ観光最終日です。 さよなら=ダスヴィダーニャ
10::00バスで出発。市内を走って 20分、1時間のネヴァ河クルーズです。舟が通るときは開橋するハネ橋も見られました。
イサク聖堂帝政ロシアのシンボルとして1858年に建設された大聖堂。ビザンチンの修道士、聖イサクの名に由来する。
軟弱な地盤の上に巨大な聖堂を建てるためには 数万本の杭いが打ち込まれているそうです。
内部の美しさ、モザイクの壁画、ステンドグラスの【キリストの復活】が見られる。写真撮影はOKですがフラッシュ撮影はダメです。
又大きな声で話しをするのは禁止です。(信徒さんがまえの祭壇でお祈りされています)
外壁に添って、らせん階段を登って高さ60Mのドーム展望台へ出るとサンクトペテルベルグの町並みが一望出来る・・・そうですが
娘は高所恐怖症、私は急な階段がきついので母娘共登るのはパスしました。
血の上の教会:モスクワのワシリー寺院とよく似ています。1881年に皇帝アレクサンドル2世が暗殺された場所の上に建てられている。1907年完成と比較的新しい建物です。天井一杯のモザイク画には圧倒されます。
昼食の後、【観光組】と【ショッピング組】に別れます。私達は観光組を選びました。
スモーリヌイ聖堂:18世紀に女帝エリザヴェーターが女子教育の場として建てた修道院。貴族の令嬢の教育の場であった。
今はコンサートホールとして使われています。  大理石の白とブルーの素敵な建物です。
カザン聖堂:両腕を伸ばした様な長い回廊が美しいです。1612年のポーランド撃退以来、ロシアの守護神となったカザンの聖母のイコン(板に書いた画像)を安置する為に建てられた。ロシア正教では珍しいカトリック風の回廊があり、上から見ると十字架の形をしている。*真ん中の貴族の礼装をした人は記念撮影用のパフォーマーでカメラを向けるにはお金が要ります。
アレクサンドル・ネフスキー大修道院:ネフスキー公をまつる為ピョートル大帝によって1710年に創立された修道院。
【左】バスの中からでも素敵な教会?修道院が沢山見られます。    
【真ん中】ベンチに何気なく置かれたかごには可愛いマトリョ−シカ人形と一緒に美しい花束が有りました。花売り娘さんは傍にはおられなかったけれど、きっと近くで見守っているのでしょうね。
【右】着いた時と同じプールコヴォ2空港(国際線。  で着いた時の1は国内線です)の売店の勢揃いしたマトリョーシカ人形の洪水?
案の定トランクは重量オーバーでその場でお土産用の袋を取り出してセーフ。
荷物の搬入、と各人が預ける荷物のサポート迄して下さって最後までお世話して下さったワシリーさんとはお別れ。
(バスの中でのワシリーさんのお話)こちらでは電車に乗る時は目的地の名前の駅から乗車します。
すなわち行き先の都市名=乗車駅名  
例えばサンクトペテルベルグの人がモスクワへ行きたいならば、目的地の名前、モスクワ駅から電車に乗ります。間違わなくて良さそうですね・・・
現地時間23:50発の大韓航空でソウル空港まで約8時間40分の飛行です。大揺れも無かったので不安でドキドキ・・なんて事も無く
日本時間13:30インチョン空港に到着しました。(韓国と日本は時差無しです)
私達は往きに沢山のお店で”見せて頂くだけ・・”をしていましたので今回はおさらいにサット見ただけで済ませましたが、20〜30%offのお店も多くブランド店の袋を持った人達も多くいました。
15:37インチョン発関西空港17:10着で自宅には19:30に着きました。帰りのTaxiの運転手さんから”真夏日続きで全然雨が降らなかった・・・”と伺って、ベランダの花のしおれた様子を可哀そうに・・と思いました。
旅行中の食事をまとめました。
いつもの様に先ずカメラを取り出してパチリ。昼・夜はツアーの方々の席は固まっていますし、私以外にもカメラや携帯でパチリしている方もおられますが、朝食はバラバラの時間、席ですので、私がパチリパチリとするのを、??って顔をして見ておられる外国の方もおられます。
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8日:朝食:アメリカンスタイルのバイキング。想定外?の美味しさ!海外での朝食は娘の真似をして先ず牛乳を頂きます。 昼:ボルシチ=赤かぶの爽やかな酸っぱい味のスープがとっても美味しかった。
牛肉の細切りとキノコが入っていました
夜:キエフ風カツレツ。こがしバター焼きとサラダ。
勢いよくナイフを入れるとバターが飛び出す
9日:朝食:ちょっと遅かったので昨日の朝美味しかったので今朝も・・と思っていたクロアッサンは売り切れ。でも美味しい野菜、もタップリ、ハムも。少し残してしまいました 昼:ロシア名物の【つぼやき】です。
パイで出来たふたを取ると中にはサザエ?ではなくきのこのクリーム煮。ふたのパイもとっても美味しい。
夕食:農家風レストランで手作りのメニューで美味しいお料理を頂きました。
お漬け物の様なサラダ風きゅうり・ドレッシング、手作りのジャムが美味しかったです。
夕食は各自、フライト迄にこの空港で済ませて置く・・・でしたが飛行機の中でも軽食が出る予定ですので、空港では食べませんでした。飛行機の中でサンドウィツチと飲み物が出る。
22:30ホテル着..備え付けの湯沸かしポットで娘が【シーフードヌードル】を作ってくれました。なつかし〜〜い!!
10日:此のホテルの朝食もアメリカンスタイルでバラエティに富んでいます。 昼:おすまし風の美味しいスープと白身の魚のムニエル風。
エルミタージュ美術館で4時間鑑賞の時間があります。
お昼は館内の軽食のお店か決められたベンチ席で30分間の食事時間。
サンドウィッチとコーラで済ませました。
買う役は娘、私は席取役と分担。
サンドウィツチのパンは、パサパサしていて余り美味しくは無かったです。
11日:サンクトペテルベルグでの最初の朝食。クロアツサン、アップルパイが美味しかった。 キエフチキン。(鶏肉でバターを包んで揚げてある)丸々一個の焼きリンゴ。
12日:娘のお皿を見ると目玉焼きがある。
目玉焼き、オムレツお願いするとして下さるそうです。明日はお願いしてみようかなあ。
ペリメニ(シベリア風水ぎょうざ)サワークリームを掛けて食べる。スープカップの中にぎっしり詰まっていて、食べきれなかった。
水ぎょうざというよりも蒸しぎょうざ?
ニコライ宮殿での豪華なディナーの後は素晴らしいエンタティナーショーあります。メニューも豪華ですしお味も最高でした、雰囲気のせいかなあ・・
13日:二玉の目玉焼きを作って下さいました。トマト、キュウリ・・美味しかったです。 ビーフストロガノフ(肉やきのこがホワイトソースで煮込まれている) 手前の前菜はヴィニグリェート(砂糖大根のサラダ)
沢山のお土産です。
阪急トラピックスのベテラン添乗員寺田さんの明るい積極的な素晴らしい人柄で36人という大所帯のツアーでしたが、和気あいあいと楽しい旅行をすることが出来ました。皆さん1年に数回は外国へ出る・・という旅慣れた方ばかり。
8組のご夫婦、高校時代のの同級生と仰る1946年生まれの男性4人のグループ。(4人の男性だけのグループ。私、初めての経験です))
6人の山ガール?さんのグループ。姉妹と友人の4人グループ。女性の3人グループと女性の一人参加そして私達母娘
平均年齢はシニアー世代?ばたばた慌てず、時間は励行の気持ちの良い旅でした。
二日目に少し雨が降りましたが、後は好天に恵まれ、皆さんから”母娘の二人旅良いですねえ・・”と仲良くして頂き幸せな旅行でした。今回のツアー、メンバーがシニアと言う事からの配慮もあったのでしょうか、空港→バスもホテル→部屋もトランクの移動は総てポーターさんがして下さり助かりました。
貴重な飲み水がどのホテルでも1本支給されました。レストランでも1本付いていましたのでお陰さまで水を買うことは有りませんでした。
娘は持参した湯沸かしポツトで毎朝と観光を終えてホテルに帰りついた時に美味しい日本茶を入れてくれて心を和ませてくれました、感謝です。飛行機の中ではエコノミー症候群にならぬようにゴロゴロボール等のグッズを準備、変圧器、アニメティグッズ、そして湯沸かしポットと今回も娘に総て準備をして貰った有難い、楽しい、美しい旅行でした。
ロシアに対して持っていた少し怖いイメージは此の旅行中は感じられませんでした。
ショッピングはお土産店と小さなスーパーしか知りませんが普通の人の生活姿を見る事は殆どありませんでした。
世界遺産の観光地巡りの旅行でしたので生活感が感じられないのも無理は無いのでしょうが・・・・
観光地の建物はどれも皆本当に美しく歴史の重厚さを感じさせられましたが、普通に生活している人の様子はどんなでしょうか?
こんな車で走れるの?と言いたいような”ただ、走ればよい”といったボコボコの乗用車、荷台に大きな穴が開いているトラック。
たまに自転車に乗った学生らしい男子を見た事はありますが本当に少なかったしバイクにはお目にかかりませんでした。
お店やさんも賑々しい看板・陳列もないので分からないし、車窓からは古いアパートメントの様な建物が続いていているだけ。
昔は国から支給されていた部屋が今は個人が高いお金を出して買いあげないといけないので、都市から離れた場所に住む人が多く、街中のアパートメントは空いて居るのが目立ちます。
編集は【地球の歩き方  ロシア編】を参考にして建物の説明を書かせて貰いました。
【自分宛に絵ハガキを送る】
去年のスイス旅行の時は7月13日に世界で最も高地にあるユングフラウヨッホの日本の郵便ポストから投函した絵ハガキが7月19日帰宅した時にはすでに着いていました。
今回も第2日目のお土産やさんで”絵はがき用の切手25ルーブルはここでしか買えませんよ”って教えて下さったので1枚求めてホテルへ帰ってすぐに、今の嬉しさを絵ハガキに書いてホテルの入り口の〒Boxに投函しました(9日朝)。
今日、7月1日、やっと〒受けに届いていました。ロシアから23日間の長旅で手元に届きました
 1月13・14日  2013年最初の旅は【リョーマの休日】
ナンバ8:00集合→梅田8:30出発。阪神高速【垂水】より神戸淡路鳴門道で海を越えて淡路島南SAで休憩→車中昼食
→四国徳島へ。【日和佐道の駅 うみがめで有名】で休憩12:30出発室戸岬を目指して快適なドライブ。
4人グループ参加が二組、親子3人グループが二組、ご夫婦参加が12組そしてお一人様が4人計42名のツアーでした。
昨年の夏の旅行で出費が嵩んだので、それ以降は
緊縮財政を心掛けて遠出はしませんでした。
今回の一泊二日のバスツアー。
日・祝日、お一人様加算料金ナシで代金15000円也。
ホテルは土佐ロイヤルホテル、お部屋も食事も
勿論深層水の温泉も最高でした。

14:00室戸岬へ到着。大阪を出てから6時間のドライヴ。
【室戸岬の灯台】
かなり急こう配の坂道をヒイヒイ言いながら登ったり下ったり。
背の高いスマートな灯台ではなく、ズングリムックリの
大きなレンズのある灯台でした。
【右下:御厨人洞窟 みくろどうくつ パワースポツト】
弘法大師が若い時に修業した洞窟。
空と海の美しさから【空海】と名乗ったと言われています。
*クリックして下さい、室戸の観光地図をご覧いただけます。
【野良時計】
明治20年頃に畠中源馬が西欧の時計の仕組みを研究して
分銅、歯車等、細かい部品迄一人で作り上げた。
国の有形文化財。
【なはりちょうの土塀
古い瓦を積み上げた土塀。奈良の二月堂側の土塀に似ている。
畑の向こうに半鐘が見えました。
時代劇そのまま・・・の落ち着いた静かな佇まいの町並み。
【14日】7時に朝食、8時にホテル出発ですので、早起きしてもう一度、深層水の肌に柔らかい温泉へ。温泉は朝5時から開いています。結構温泉好きの人が多くて満足気な笑い声が響きます。
今朝は生憎の小雨、昨日は最前列の席でしたので今日は、最後尾の席へ。でも揺れが酷いということも無く、気分は上々。
【幕末志士社中】ばくまつしししゃちゅう
大河ドラマで福山龍馬ブームを巻き起こした,NHKのセットジオラマを展示したパピリオンの事。
志士に扮したイケメン君が写真撮影、土佐弁で案内役もしてくれます。
【三志士像】
土佐勤王党が結成されて150年目にあたる平成23年に此の高知駅前広場に集結。
*クリックして下さい。勤王の三志士の雄姿をご覧ください。
1:高知駅前から路面電車、土佐電に乗車。【はりまや橋】で下車。(乗車賃190円、で高知城までの乗り継ぎ券を貰う。)
(高知駅からはお城の駐車場での集合時間まではそのままバスに乗って連れて行って貰うのも良し、個人で散策・見学するのも自由の2時間半でしたので私は自由行動を選びました)
:【はりまや橋】
♪坊さんかんざし買うを見た♪なんともチッチャイ赤い橋でした。先に期待しないように・・とは聞いていましたが・・
小雨が降っていたし、長居は無用・・でお城へ行く電車に乗り継ぎました。この前の通りにある【からくり時計】も時間が合わずに、普通の時計しか見られませんでした。
3:高知城前で下車。少し迷いましたが、高く聳える天守閣目指して歩きました。此の時は傘なしでも有るけるほどの絹雨でした。
4:板垣退助像(高知が産んだ倒幕の士) 5:高知城を築いた 山の内一豊像 6:一豊の妻、千代と内助の功で求めた愛馬像7:追手筋の素敵なモニュメント。
8:商都観光バス2号車。  9:【高知県立文学館】  10:お茶席
高知市中心部に建つ、土佐24万石の象徴。  1601年(慶長6年)、山内一豊が築城を始め、2年後に大半が完成して入城。
日本で唯一、本丸の建築群が総て現存する。天守閣等15の建造物が重要文化財です。
一人で行動しました。登りの石段がきつそうでしたので、本来は下りに使うことの多いスロープの道を登って行きました。
鰹の切り身を長い金串に刺して→ボウボウと燃える藁の上で炙る
→団扇であおぎ荒熱を取って→板場の人がサット塩を振り→カットして下さる。
出来たては生臭くないのでお塩で頂くのがBEST。
私は厚切りは余り好きでないのでチョット残念でしたが、流石に美味しかったです。
【桂浜】坂本龍馬の銅像
太平洋を見下ろす小高い丘の上に、袴にブーツを履き、懐手で太平洋を見下ろす13・5メートルの銅像。
白波が泡立つ凄い波。黒潮打ち寄せる竜王崎。
”波が高いので決して波打ち際へ近寄らないで下さい”のアナウンス。
美しい松林と五色の小砂利。よさこい節に唄われているように、この浜での月見は如何ばかり・・・
【爆弾低気圧】が来ているので道路事情により所要時間がつかめないので出来るだけ、急いで帰りたい・・と言うことで、2時前に桂浜を出発。
途中山の中の道にはかなりの積雪が。
爆弾低気圧:急速に発達し、熱帯低気圧(台風)並みの暴風雨を もたらす温帯低気圧を指す俗語。
【大歩危  おおぼけSA】で休憩(徳島県)
こんな天気には舟も出ていないでしょう・・とのお話でしたが、どうしても舟に乗りたいお客様がいらっしゃったのでしょう、一隻出ていました。
そこから1時間【美の田の湯で休憩。(此処は未だ徳島県)
野菜の特産品で賑わうそうですが、お天気が良くないので早終いをされたのか、もう売り切れたのか、あまり品数は有りませんでした。
其処から淡路島で最後の休憩が有り、予定よりも早く7時にはナンバへ到着。地下鉄で自宅へ。
とっても素敵な週末、【リョーマの休日】を満喫させて貰いました。